組織における異分子の取り込み

新 聞社を含め、メディアというのは排他的な組織である。そして閨閥などを通して、その排他性を強固にすることを図る。この点においてメディアは官僚と似通っ ている。そして彼らは様々な方法を通じて異分子の取り込みを図る。その具体的な手法はセックス、結婚、閨閥などである。最初から出世志向のある者は簡単に 取り込めるので異分子取り込み作業をする必要がない。ここにおいては10年というのが1つの目安のようだ。10年以上、同一組織で働き、特に落ち度が無い 場合、何らかの役職につけざるをえない。そして役職につけると組織の「核心」が見えてくる。つまり役職につける前に異分子を取り込む必要がある。ここまで が前振りである。

新聞社在職9年目くらいから私への工作活動が始まったように思う。もちろん、この場合は会議などで会社の方針を公然と批判する私という異分子の組織への取り込みである。

あ る日の夕方、電通から電話が入った。緊急の用事があるから至急、電通名古屋支社まで来いという。「別にオタクと進めてる仕事は無いし、緊急の用事などな い」と私は言い電話は切って帰ろうとしたが、上司などが「広告業界にいるなら電通との打ち合わせに誘われて断るのは馬鹿だ」などと言い、私は渋々、名古屋 市中区にある電通名古屋支社に向かった。

いつものフロアではなく会議室のようなところに通された。そこには一人の女性が座っていた。電通 の営業は「さあ、若い者同士、自由に話をしましょう」と言った。要するに電通があしらえた強制見合いだった。相手の女性はあるTV局の役員の娘だったと思 う。私は馬鹿らしいので帰ろうとしたが、電通は取り寄せたコーヒーとかを出し「色々、話しましょう」と言った。ちなみに電通の内部には専属喫茶店がある。

私は不愉快なので黙っていたが相手の女性が話しかけてきた。
「趣味は何ですか?」
「コンゴ音楽を聴いてます」
「週末とか何をしてます?」
「コンゴ音楽を聴いてます」
「これからやりたい事は?」
「コンゴに行った時、隣国アンゴラが内戦状態のため訪問できなかった。内戦が終わったら是非、アンゴラを訪問して現地での生演奏を聴きたい」
と いう風に会話は続いたのだが、これでは会話が続くはずがない。大体、私は相手の女性がどういう趣味/思想/家系であるか一切、関心が無かったので質問すら しなかった。さすがに周りにいた電通の連中があせり「**さん、ジャズとかも聴いてるでしょ。ジャズの話をしましょう」とか言うのだが「ジャズなんてコン ゴ音楽に比べたら糞に等しい」と私が正直な感想を言うと、さすがに電通側もあきれてしまい、この話は流れ私は会社に戻ることができた。

だ がこれで工作が終わった訳では無かった。ある日、2回くらい話をしたことのある編集局編集委員が広告のフロアにやってきて「キミの見合いの世話をしてや る」という。私は即座に結構ですと断ったのだが、何故か部長が出てきて「これは業務命令だ」と意味不明な事をいった。私は屋上に連れて行かれ、普段は報道 写真を撮っている写真部の記者により写真を撮られ、強制的に釣書を書かされた。だが、この釣書でも始めから終わりまでコンゴ音楽、コンゴ音楽と私が書いた せいか、この編集委員からそれ以上の話は無かった。ところがある日、この人は広告のフロアにやってきて「某TV局の専務の娘が離婚して今、家事をやってる んだが会ってみるか?」と言った。私は即座に「興味ないです」と答えた。そうすると編集委員は「キミの相手を見つけるのは不可能だ。もう無理だ」とか広告 職場で言い出した。この発言に私はムカついた。何故なら音楽仲間とは十分、交流していたし、大体頼んでもいないのに私の意向を無視して写真を撮ったり釣書 を書かせておきながら「キミは無理だ」も無いもんだ。無理なら黙って話を無かったことにすれば良いのだ。

この2つの事件で、私という異分 子を閨閥で新聞社という組織に取り込むのは無理という判断がくだされたようだ。これはかえってありがたかった。簡単に辞められると思ったからだ。だが、私 が本当に辞表を出すと部長は「オレは知らん」と言ったきり、広告フロアから出てしまった。残った次長には辞表を受け取る権限が無いために辞表が宙に浮いて しまった。さらに次長は「キミ、早期退職者優遇制度は知ってるだろう?40までずっと病欠にしてもいいよ」と言った。早期退職者優遇制度というのは、40 歳をこえて辞めた場合、会社の定年に相当する歳まで基本給とボーナスがほぼ全額支払い続けられるという非常に「美味しい制度」だったが、私は翻訳を始め自 分がやりたいことがたくさんあった。

私は1週間ほど考えた後に、弁護士のアドバイスに従い内容証明郵便で東京本社社長あてに辞表を送りつ けた。何故なら口頭でのやりとりは法廷での証拠能力/証拠証明力が低いために、私が何を理由に辞めるのかを会社側に捏造される可能性があったからだ。この 時は東京本社の総務/人事から直接、私に電話があり、極めて事務的な退職手続きの話をした。ここまでは良かったのだが、私が会社においてる自分の小物を回 収するために名古屋本社に出向くと凄まじい罵倒にあった。次長は「キミの大学からはもう二度と採用しない」とまで言った。「どうぞ、どうぞお好きなよう に」と私は答え、罵倒と憎悪の視線が浴びせかけらる中、残務整理をおこなったのだった。

今回のエッセーで言いたかったのは排他的組織は内部事情をある程度知った者が辞めることを非常に嫌っており、その為には数千万円の浪費すら惜しまないという事実である。実際、早期退職者優遇制度を利用していれば、私に億に近いお金が入っただろう。

彼らの誤算は「全ての男は色仕掛けで落ちる」という想定にあったように思える。